2007年03月26日

天災の実験機能

 昨日の能登半島沖地震に関するいくつかの報道を見ていて、少し気になったことがある。偶然に降りかかってくる天災が、またとない実験の機会として機能してしまっているということだ。志賀原発の地震計は、本体の方が例の件でお休み中であるにもかかわらずちゃんとデータを残していたし、気象庁にとっては緊急地震速報を発信する最初の機会となった。
 もちろんある災害が教訓となって、別の災害時の対処がより良いものになるということは、ずっと昔からあったことだろう。しかし単に後から教訓を得るというだけではなく、あらかじめ地震に備えて網を張っておいてデータを収集しようとするのは別のことだ。
 たしかに、実際に様々なデータを集めることが、災害時対処のより良いシステムを構築するのに有用であることは間違いないとも思う。しかし、災害対処に多大な資源をさかなければならないくらいに、私たちが非常に複雑な社会基盤を構築しているということ自体の問題は指摘されても良いのだと思う。

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