2007年11月04日
秋
ここのところ、ときどき休みの日にベビーカーを押しながら近所の公園を散歩することがある。
この公園は、整備されて開放されたのは最近なのだが、もともと国立病院の敷地であった部分を含んでおり、国と区の土地を利用した整備計画によって福祉施設などとともに開発が行われたところだ。「森」というその名は少し大げさかも知れないが、ゆうに20m以上の背丈はある木々が続いており、これだけの余裕あるスペースがこんな都心近くにあるというのはちょっと感動的でもある。ビオトープと名付けられた手入れされていない池はなくてもよさそうだと思わなくもないが、それでもしばし時間を忘れさせてくれる場所だ。
できる前から介護士の集まりが悪いと全国ニュースでも話題になっていた(が多分問題は解消したのだろう)老人福祉施設や障害者施設から、職員の人に手を引かれ、あるいは車椅子を押されて入所者が出てきている姿をところどころで目にすることができる。本日は、木陰に設えられた正方形の木のテーブルにテーブルクロスを敷いて、お弁当とワインにいそしむグループを目撃したが、クロスの形と大きさがテーブルにぴったりだったので、これは近所から来た常連という雰囲気だ。できてまだ1年たっておらずあまり知られていないからか、あるいは犬の散歩と花見とスポーツは隣の少し古い公園にお任せして単なる芝生と森という地味な作りになっているからか、あるいはちょっと交通の便が悪い(バスはそれなりの本数あるのだが)からか、あるいは多少の起伏のせいで先の見通しがあまりよくないせいか、公園全体がとても広々として見える。
先日は、老人福祉施設の地域開放スペースで行われていた童謡のコンサートをのぞいてきた。公園を歩いていても、赤ちゃんはお年寄りの皆さんの注目を浴び、声をかけられることもしばしばだ。
そんなふうに知らないおばあさんに掛けられる声や、ときにはけたたましいほどに響く鳥の声や、土と木のにおいを運んでくる風といった刺激が、1歳児に何を与えるのかよくわからないが、それでもたびたびここに連れてきたいと思う、そういう場所であることはたしかだ。
それから、子連れでなければ、私自身がこんなところには来なかっただろうとも思う。
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うちのベビーカーを押しての
息子のお気に入りの場所は、
倉敷駅近くの、
寿町の踏み切りです。
近くに公園ないし~。
有料の公園はあるけど。
お疲れのようで、心配しておりましたが、心地よい時間もお持ちのようで、よかったです。
「赤ちゃん研究」がいろいろと進行中のようですが、そのような公園でも、頭にいろいろつけて、調べるのでしょうか?私自身、「科学的に」知りたいという欲求も一方にありながら、「科学的に説明されてしまうこと」に、どこか寂しさのようなものも感じます。(赤ちゃんの顔を見ながら、母乳をあげるのは、母親にとっても至福の時であったと思いますが、「その行為の科学的意味」をあらかじめ説明されて、そうするように勧められるは、ガイドブックを読み込んで観光地に行くのと、どこか似ているようで。)
科学もガイドブックもありがたいものなのですが、あまりにそれに頼ってしまう心情は?
散歩のような一見無駄(非生産的)な行為の「心地よさ」を大切にしたいというのは、「甘さ」なのか?それとも?・・・と物思いにふける、秋です。
ねぼけ堂さん、ミドリさん、書き込みありがとうございます。
>ねぼけ堂さん
「有料の公園」ね。たしかにありますね。無料化計画もあるように聞いていますが。
私も、繁華街を歩き、電車とトラック(国道2号線)ばかり見て育った記憶があります。小さな田んぼや畑もありましたが、つくられた憩いの場所のようなものは、ありませんでしたね。
>ミドリさん
科学的知識が明らかになればなるほど、それにとらわれないことも大切になるということなのではないかと思います。逆にすがりたいと思ったときには科学技術にすがることができるというのも大切だと思いますが。両者は決して矛盾するわけではなく、単に人間中心に考えるとそうなるというだけなのではないでしょうか。
うわー! 林先生は、こども時間に入っちゃってるのですね。
空気も乾いてきましたから、赤ちゃんあたたかくして、おでかけください。
ご心配ありがとうございます。
どちらかというと、子どもを大人時間に引き込んでいます。反省してますが。