2008年01月27日

情報倫理教育

 コンピュータウィルスを作成して広めた関西の某大学の大学院生が、著作権法違反で逮捕された問題で、大学側の謝罪会見に気になるところがあった。「今後も情報倫理教育を強化する」というところだ。
 果たして情報倫理教育は、このような事件を防ぐのに有効なのだろうか。
 問題は倫理ではないという意見もあるだろう。容疑者の大学院生は、自分が悪いことをしていると知らなかったはずはないと思う。ではなぜそんなことをしたのかというと、自宅からアクセスしてもWinnyだったらIPは抜かれないと思っていたからだ。だったらこういった事件をおこなさないですむために身につけおくべきものは、倫理というよりも情報技術面での知識だったのではないかという意見もあるかも知れない。その意味で、今回のケースは情報倫理「以前」あるいは「以外」の問題と言えなくもない。
 たしかに、情報技術に関連する知識自体はとても大事なものだ。知っているにこしたことはない。ただ、それに加えて身につけておくべき大事なこともあるのだと思う。それは、自分のやったことがどんな影響をもたらし、結果としてどのような問題が生じるかということをいろいろと考えてみることができる想像力なのではないだろうか。倫理教育というものがあるとしたら、そういう想像力を育てることが大事なのではないかと考える。あることが悪いことだということをただ単に知識として知っているだけではなく、どのように悪いのかをきちんと理解していることが必要なのだと思う。こういった想像には、技術的な知識に加えて、社会制度や人間の振る舞いに関する基本的知識もまた必要とされるだろうから、社会や人間についてよく知っているということが基本になるとも言える。
 ただ、そういう想像ができるようになったとして、その上で実際に何かをするかしないかということまで大学における「講義」スタイルの教育で何とかできるものかというと、それはちょっと疑問でもある。いわゆる「倫理教育」に果たせる役割がないわけではないとしても、そこに責任の中心が置かれることがもしあるとしたらちょっと違うのではないかという気がする。
違った見方から問題を指摘している下記サイトもどうぞ。(ニュースソースもあります。)
大学プロデューサーズ・ノート
http://www.wasedajuku.com/wasemaga/unipro-note/2008/01/post_17.html
 大学に所属する人間としては、「大学は悪くないモン」と言っていると思われそうな言い方はできるだけしたくないのだろう。その気持ちはよくわかる。それでも、ただちに結論を出すのではなくて、新しい種類でありしたがってどのように対処すべきか議論が必要なこういった種類の問題について、これから真剣に検討していくというところに重点を置くべきなのではないかとも思う。

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Comment on "情報倫理教育"

こんにちは。
>容疑者の大学院生は、自分が悪いことをしていると知らなかったはずはない
のならば、今回のケースは
>新しい種類
ではなく、「悪いと知りつつ、ばれなければいいや。ばれるかもしれないが、自分を押さえられない。」でやってしまった、これまでの、大麻栽培、集団暴行、殺人といった事件と同質なのではないでしょうか。(過去の例がいくつも簡単に浮かんでしまうのが・・・。)
これら過去の例と違うのは、「大学での専門性を犯罪に利用している。」という点ですが、やったことが「情報倫理教育を受けないと、それが悪いこことは気付けないようなこと」では、なかったのですから、基本的には、過去の例と同じなのだと思います。だとすると、
>ただ、そういう想像ができるようになったとして、その上で実際に何かをするかしないかということまで大学における「講義」スタイルの教育で何とかできるものかというと、それはちょっと疑問でもある。いわゆる「倫理教育」に果たせる役割がないわけではないとしても、そこに責任の中心が置かれることがもしあるとしたらちょっと違うのではないかという気がする。
ということになるのですが、それでも、「倫理教育」をやらないよりはやったほうがいいと思いたいし、「大学での教育が無力であるはずがない。」という熱意を期待してしまっているところもあるかもしれません。大学としては、教育にできることには限界があるのは分かっていても、教育者には、「ここまで。」とは、言って欲しくないという(世間の)心情に、応える会見をしてしまうのでしょう。
生命倫理、企業倫理、技術者倫理と「倫理」という言葉が氾濫しているのは、敢えて言葉にしようという状況にあるということでしょうから、そういう社会のありかた自体を
>これから真剣に検討していく
ことをしないと、変わらないのかもしれませんね。

  •   ミドリ
  • 2008年01月30日 12:07

>「悪いと知りつつ、ばれなければいいや。ばれるかもしれないが、自分を押さえられない。」
おおもとまで遡るとその通りだと思います。でも、それだけが問題の本質ならば、ことは大学の問題というよりも、むしろ義務教育や家庭から考えるべきことになります。もちろんそれも大切なのでしょうが、ちょっと手に余ります。
> 大学としては、教育にできることには限界があるのは分かっていても、教育者には、「ここまで。」とは、言って欲しくないという(世間の)心情に、応える会見をしてしまうのでしょう。
そうなんです。そのことが自分の首を絞めたり、誤った方向付けをしたりすることにならなければ良いのですが。

  •   はやし
  • 2008年01月31日 08:53

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