林真理のWeb日記(調整中)
学生の書いた文章を読んでいて、リアルな世界における身体というのは、バーチャルな世界におけるアバターのようなものだという考え方を発見した。身体は所詮アバターに過ぎないとしたら、簡単に取り替え可能だということにもなり、それは身体を非常に軽く見ていることになる。逆に、アバターに身体の役割を与えるとしたら、それは強い思い入れの入ったものになるだろう。どっちなんだろうか。
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よく解らない天気ですが、夏目前ですね。如何ですか? ケータイからコメントします。パソコンの調子もイマイチなので。
ところで、おっしゃる内容を、 『アバターもエクボ』 などと言ったりします(笑)
雨なのに暑いですね。 あばた=痘痕などという単語はもう既に絶滅していますから、そのうち本当に「アバターもえくぼ」が正しい表現と信じる若者が出てくると思います。いや、もう既にいるかも知れません。
よく解らない天気ですが、夏目前ですね。如何ですか?
ケータイからコメントします。パソコンの調子もイマイチなので。
ところで、おっしゃる内容を、
『アバターもエクボ』
などと言ったりします(笑)
雨なのに暑いですね。
あばた=痘痕などという単語はもう既に絶滅していますから、そのうち本当に「アバターもえくぼ」が正しい表現と信じる若者が出てくると思います。いや、もう既にいるかも知れません。