2009年04月03日
いずれロボット科学者も? 自力で仮説立て実験
- hayashi
- 07:09
- コメント (2)
- トラックバック (2)
- カテゴリー:研究関連情報リンク
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2009040201000849.html
ただし、「結果をもとにして、新しい実験を企画するためには、よりいっそうの賢さintelligenceが必要だ。」(>Science誌のサイトのサマリー)とのこと。
研究室の大学院生は楽になる? それとも要らなくなる?
このロボットのプログラムを考えるというのが、多少は科学哲学の勉強にもなるのかも知れない、とか考えたが、どうなんだろう?
Trackback on "いずれロボット科学者も? 自力で仮説立て実験"
以下2件のトラックバックはこのページのエントリー"いずれロボット科学者も? 自力で仮説立て実験"を参照しています。
このエントリーのトラックバックURL:
» 【ロボットニュース】そのうち,科学者もロボットに取って代わられる?
- 2009年04月04日 09:02
- from Science and Communication
M.HAYASHI's Diaryで情報ゲット. 人工知能をもったロボットが,そのうち,人間といっしょにラボで研究する 日がくるかも. いずれロボット科学者... [続きを読む]
» 【ロボットニュース】そのうち,科学者もロボットに取って代わられる?
- 2009年04月04日 09:03
- from Science and Communication
M.HAYASHI's Diaryで情報ゲット. 人工知能をもったロボットが,そのうち,人間といっしょにラボで研究する 日がくるかも. いずれロボット科学者... [続きを読む]
推論するプログラムといえば、古いプログラミング言語ですがPrologという面白い言語があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Prolog
簡単に言えば三段論法をひたすら繰り返して条件を絞り込んで解を得るというものですが、はたしてコンピュータの行う推論が人間に匹敵する日は来るのか、来ないのか。
限られた時間の中でより多くの仮説を判定するならばおそらくコンピュータは人間を凌駕しますが…
一般教養の授業で哲学をK先生に学んでいた時、プラトン哲学の「イデア界」と「現実界」が、最近はやりのプログラミング言語思想である「オブジェクト指向」の基本的な考え方(「クラス(型)」と「インスタンス(実態)」)に気が付きました。
よくよく考えてみれば、事物を純粋にモデル化、理論化し、徹底的に論理的な思考を巡らせる方法を考えるという意味では、哲学も情報理論も計算論も同じようなものですから、似ていても不思議はないのかもしれない、と思い始めました。
もしかすると、哲学の理論がコンピュータに役立つかも、あるいはコンピュータの理論が哲学に役立つかも、と淡い期待を抱きながら、最近は哲学の入門書を何冊か読みあさっています。
20年近く前、哲学者がちょっとばかりAIに関心を持った時期がありました。(今でも、昼間の非常勤に来ている若いM先生なんかはとても関心があるらしいですが。)
たとえば、ドレイファス『コンピュータには何ができないか』(産業図書 1992年)などという本が、哲学者のあいだでは、はやりました。訳者の黒崎先生(NHKのサイエンスZEROに出てる人)は、今でも多分「機械をいくら発展させても人間にはならないぞ」派なのだと思いますが、近頃のサイボーグ論なんかは、できちゃったらどうするという方向になっていて、時代が変わったなあと思います。