2009年07月26日

古い劇場アニメから

 3歳児になった元2歳児を、新宿まで電車とバスを使ったお散歩に連れて行って帰ってきてから、お昼ご飯のサンドイッチを作りつつ何となくテレビをつけたところ、劇場版のアニメ「タッチ 背番号のないエース」(1986年)が、高校1年生の県予選決勝戦の日という場面だった。
 この作品自体はおそらく初めて観るものだが、こういう古い青春物というのは違和感なく今の若者に伝わるのだろうかと疑問に思うところが常々あったため、今だったらどこがどう違うかを考えながら、音を聞きつつときどきながめていた。
 球場のスコアボードが電光掲示板じゃなくて本当に板だったり、公衆電話が懐かしい種類のものだったり、忘れ物があったら携帯電話で呼び出すだろうと思ったりしながら観ていたのだが、(はっきり表現されないものの)主人公の一人の高校1年生が交通事故にあって即死したと見られるシーンで、今だったら臓器提供意思表示カードの有無を確認しているかも知れないなどと考えてしまい、私の想像はそこで終わった。
 その時代の日常であるようなもの(こと)は、フィクション作品の何気ないシーンに、それほど作者も意識しないで描きこまれる。それが日常になることはあるのか、それはそのときどのように描かれるのかということを考えないではいられなかった。

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Comment on "古い劇場アニメから"

最近、長沢まさみが南ちゃん役で映画化されましたよね。オリジナルのコミックは大学の卒論の頃でした。
映画では、エースとして試合に向かう途中に、子供を助けようとして交通事故死した「かっちゃん」の替わりに、まだ野球をやっていない双子の「たっちゃん」がなりすまして身代わりにマウンドに登るんですよね。
そんなの、高野連から除名とかの処分になりそうなのに、とつっこみたくなりますね。
あだち充はあっけなく重要キャラクタを殺すからなあ。「クロスゲーム」といい。

  •   A34
  • 2009年07月26日 21:26

残念ながら、最近の映画も見てません。
また何年かたって偶然目にするのでしょうか。
>あだち充はあっけなく重要キャラクタを殺すからなあ。
タッチというタイトルの意味がわかったのは衝撃でした。最初からそういう予定だったのかと。

  •   はやし
  • 2009年07月27日 21:55

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